ベリーズ 2014/11/10 ベリーズ逃避行:のんびり編 ここにきて寂しがり屋をこじらせているニイナです。 いかんなぁ〜。のんびり夕日を眺めて思った事が「あれ?何でカリブで一人寂しく夕日を眺めているんだ?」と。 昔行ったギリシャのサントリーニ島でエーゲ海に沈む夕日を眺めていた時に、心に誓ったはずなのに。「次に海外できれいな夕日を眺める時は恋人かだんな様といっしょね」と。。。あれー?? さて、無事に入国を果たしたベリーズですが、国境からベリーズシティまでの道のりは直線が多く、景色ものんびり、気候もあったか、素晴らしい! 道中、見かける牛と売り地の看板がアメリカの田舎っぽいです。 お墓は土地の下じゃなくて上に建物系ですが、グアテマラみたいにファミリーで一つのマンションタイプじゃなくて戸建のご様子。 ベリーズシティにバスが到着して一番に思ったのは、人種が違う!ということ。 ロン毛のドレッドヘアーできれいな足の筋肉のレゲエマン達がタクシー?と声をかけてきます。 しかも日本人と一発で見破る人も多い。これはグアテマラと大きな差です。 女性もみんなボリューミーなお胸とお尻。 こっちの人(に限らずアメリカ大陸全般?)は、太い体型でも関係なくババーン!と足や二の腕や女性らしい身体の線を出しますよね。 ボンっキュっボンじゃなくてボンっボンっボン!何か文句ある?みたいな。 う、羨ましい。。。いや、本当に。 客引きを無視して、入国でお世話になったインフォおじさんの船会社へ。 大きな会社みたいで、すぐにわかりました。 船着き場の敷地内入ってすぐ右手の所で荷物を預け、チケットは海側の別の建物で購入します。 聞けば30分後の1時半にキーカーカー経由サンペドロ行きの高速船が出るとの事。 それに乗って一路キーカーカーへ。乗船率は地元の人や観光客含めて92%と言ったところでしょうか。 船内は想像したほど揺れずに快適なもので、キーカーカーには1時間もせずに到着したと思います。 そこで半分くらいの乗客が降りました。 キーカーカーはバックパッカーが集う島、というだけあってオージー盛りだくさんです。 彼らは大概カップルか男性同士の友達連れか、で私のように寂しく一人旅をしている人はいません。 船着き場の桟橋からすぐのレストランバー(椅子がブランコになっている)で遅めの昼ご飯。 入国の緊張から解放されて魚とビールです。 これで16ベリーズドルだったような。(うろ覚えですみません) 久々に繋がったネットで当日の宿をホテル検索サイトで取り、そのまま歩いてホテルに向かいました。 ベリーズの中でもキーカーカーという所を選んだ理由は、車が無くて空気がきれい、という事でした。 ケツァルテナンゴのチキンバスの黒い排気ガスに病んでいたので、もうこれは素晴らしい所に違いない!と。 実際、初めて歩くキーカーカーの道は白い粒子の細かい砂で出来ていて、車の代わりにゴルフカートと自転車が行き交っています。 オージーだろうな、裸足で歩く人も多数。 道で声をかけてくるお兄さん達の台詞も遠くからのぼそっとした「チーナ」コールではなく、「調子はどう?」「コンニチワ」など私としては親しみの持てるものです。 お宿に着いたら、お宿のご主人はまだ検索サイトからの予約完了お知らせメールを受け取っていなかったらしく、スペ語で一生懸命その旨を説明しながら、とりあえず今晩はエアコン無しの部屋でいいか、と聞いてきました。 ケツァルテナンゴの寒い気候が身に付いた私は、今暑いけど夜になったら寝れるくらいに涼しくなるよねーと思って、いいよ!と。 しかし実際入った部屋は熱帯気候で、こりゃ寝れるかなぁと思っていた所、ご主人の娘さんらしき美人さんが来て、「あなたの部屋、正しく取れていたわ!」とエアコン付きキングベッド+2シングルベッドの広過ぎる部屋に外には専用ハンモックまで付いた部屋に移してくれました。 広いと寂しさ倍増なんですけどね。ま、いいか。 ドミトリーとかのお宿も一瞬考えたのですが、今は静かな環境が欲しかったし、何より宿探しを精神的にも物理的にも長引かせたくなかったので。 荷物を置いて一息ついたら島をうろちょろ。 といってもメインストリートが一本だけの小さな島です。その中にたくさんのダイビングや釣りなどのツアーショップがあります。 何軒かで値段を見てみようかな〜と看板を眺めていたら、すぐに声をかけてきます。 思わずスペ語で値段などを質問したら、そのままスペ語で返せる人も居ればたまに他のスタッフに代わって話してもらう人も。それくらいのスペ語率なんですね。 ここで私の行きたいブルーホールのことを聞いて、自分の所は取り扱ってなくても「あの◯◯というショップで尋ねてごらん」とか電話で明日は催行されるか聞いてみてくれたり、全般人も温かい。 不動産屋さんもありました。エージェントのスタイルはグアテマラよりアメリカ式な感じがします。 しかしこっちの建物は何工法かわからんな。。。不安(笑) ↓新築中と思われるお家 そんなこんなでどこも似た様な値段なので、お宿から程近いツアー会社で3カ所を回るシュノーケリングツアーを申し込み、たらっと散歩してお宿に戻りました。 夕日がきれい。久々に眺めた夕日でした。(だけど寂しいんだってば/笑) [3回]PR
ベリーズ 2014/11/09 ベリーズ逃避行:入国編 ニイナです。。。。一人寂しくベリーズの海辺に居ます。 完全に思いつきの行動で勉強からの逃避行です。 あ、ちゃんとケツァルテナンゴに戻る予定ですのでご心配なく。。。 元々、空気が汚いケツァルテナンゴからなんとかもう少し空気がきれいでなおかつお手頃にスペ語も出来れば英語も勉強出来る所はないかなぁと思っていましたが。 ここ一週間、ステイ先の家の環境絡みででストレスが溜まってきていました。 だったら家を変えよう、というか外国の一人暮らしの練習をそろそろ始めないとかしら、でも私、そもそも一人暮らしは寂し過ぎて病むからもう絶対したくないんですけどー!どうしようっかなー、、、とぐだぐだ悩んでいる間に、私は周りの人に甘えていたのだと思います。 授業では「先生、よくブチきれないな」っていうくらいぼけ〜っとし。(頭に空気を入れるわよ!と少しバルコニーに連れ出されはしましたが。。。) 英語圏の友達が他の友達と英語で話していて自分だけが会話についていけない事に勝手に焦り、周りがスペ語を習いに来て英語だけを喋ってばかりだから、と人の所為にして彼らとの輪に入ろうとせず。 これは就職活動でお話しした先方の方が「やっぱりケツァルテナンゴは安いよね。入社時期は待つから年内はこのままそこで頑張って勉強して」と仰って下さり、私もこのほこりだらけで水の無い所であと2ヶ月頑張る!と決めた直後のことでした。 このままでは二ヶ月持たないな、と。 えぇ、私、寂しがり屋で脆い部分は誰にも負けませんから(笑) ってかストレスコントロールに必要ですからー!!!と思い立ったのが木曜の夜。 この時点ではまだ、週末だけグアテマラ国内の湖がある所に行こうかとも考えていましたが、金曜の朝、ステイ先のお母さんに言った言葉は「今日、ベリーズ行く!」でした。。。 お母さんビックリ。でも私にストレス解消が必要な事も分かってくれていて、私は部屋の荷物を片付けていましたが、「ニイナが戻るまで部屋は空けておくから」と。 と、いうわけで金曜の午前中の授業の合間の30分休憩の際に、学校の向かいにある旅行会社に途中の街(グアテマラ国内フローレス)までのバスチケットを買いに行き(これがまた停電中ですぐにチケット発行されず休憩時間終了ギリギリに戻れましたん)先生にはいつもより30分早く授業を終えてもらうようにお願いしました。 こうして昨日(11月7日金曜)12:30、学校を出発しました。 バス会社のカウンターまではちょっと距離があり、場所が分かるか不安でしたが先生が送ってくれました。 この行きのバスの中で、どこの国からかもわからない番号から電話がかかってきて、焦って出たら就活関連で連絡をすると言われていた第一志望の業界の会社からでした。 スペ語でいろいろ質問を受け、焦って英語とミックスの訳の分からん答えを返していました。。。絶望的。。。 さて話を戻して行きのバスは大型バスで安全度は高いのですが、最初の経由地のグアテマラ市内、中でも各バス会社のターミナルがある周辺は危険区域で、グアテマラ人もなるべく避けるという場所です。 そこに夜着いて、もっと大きな夜行バスに乗り換える為に、2時間待ち。 ターミナルのすぐ外のタコス屋さんで晩ご飯を調達し、ターミナルでもぐもぐ。 あぁ、、、そういや私、こういう一人旅はもうかなり久しぶり、、、と思いつつ周りを観察してみると、ケツァルテナンゴでは普通の民族衣装の女性が一人も居ない! 大きな荷物を頭に載せた人も居ないし、やっぱりケツァルテナンゴはグアテマラの中でもちょっと違うんでしょうね。より昔ながら、と言いますか。 夜9:00出発のFuentesu del Norte社の夜行バスは二階建てでシートピッチも日本人の私には広く快適でしたが、隣が予約した人じゃなくて飛び込みで来た男性だったのがちょっとなー。 これイスラム教系のトルコとかは知らない人同士の男女を隣同士にしたりすることは無いんですよねー。日本の夜行バスも女性専用シート、とかで予約出来ますしね。 バスは夜中に何度か停まり(休憩時間らしき30分の停車は最初の1回だけで、あとはなんか警察の車内チェック?やらただ電気が点いて5分くらい停まっただけのことも。)定刻通り、朝の6時にはフローレスという街に着きました。 外はちょうど明るくなる頃でした。 バス会社のカウンターがたくさんある所の一つでベリーズ行きのチケットを売っている所で国境の街までのチケットはあるか聞いたら、ベリーズシティまでのチケットにしろ、と。 国境からベリーズシティへはローカルバスを乗り継ぐつもりでしたが、それは時間の無駄と言われました。 そこで私は言いました。 「私、日本人ですぐにビザ取れないと思うけどいいの?」 ここでベリーズ情報を少しお伝えすると、日本人が珍しく観光ビザを必要とする国なのです。 大概の所の観光はノービザで行ける強いパスポートを持ってるつもりでしたが、、、まぁ事実必要なんだから仕方ない。 そして、この国は中米唯一の英語圏なんです。。。(スペ語を勉強する為に中米に来たのに英語の国に行くという矛盾) この国は独立の経緯が周りの国と少し異なり、元はグアテマラの中のイギリス特権が認められていた部分が独立した、みたいな経緯です、多分。 その国として認められたのが私が生まれた年と同じだったはず。なので、英語が公用語で、でもスペ語も分かる人も居るけどな、みたいな状態でしょうか。 通貨もペソとかケツァールなどの独自の単語ではなくベリーズドル。それも1/2アメリカドルというレートが固定したものです。アメリカドルも通用しています。 そんなベリーズに関して日本人はビザは国境で取れるけど時間がかかる。その間にベリーズシティまで直行のシャトルバスは他の外国人達(ビザ不要)を乗せて行ってしまう、というのが国境越えでよくある話みたいでした。 ここ数年は時間は短縮されてきてはいるみたいですが、やはりグアテマラシティや、メキシコシティ、もしくは日本にあるベリーズ大使館で取得してくるのが良いとされていて。。。 それでもバス会社のおじさんは「国境で走れ!同じバスの他の人達の入国手続きの間にビザは発行されるから!」と言うので、そのおじさんの言葉と自分の運を信じて、ベリーズシティ行きのチケットを買い、シャトルバス(20人乗りくらいの小型バス)に乗り込みました。 フローレスの街中のホテルを数件回って観光客をピックアップし、バスは満員に近い状態で朝8:30に出発。 国境までの道中は広くてのんびりで暑い、私が元々イメージしていた中米の田舎道でした。 (ほんとケツァルテナンゴでそういうイメージがどんだけ覆ったかってことなんですけど。) そして1時間半くらいですかね、いよいよ国境が近づいてきました。 バスの中にも両替商の人が乗り込んできて「換えるよー」と言っています。 国境手前で検査待ちの列にバスが並んだところで、運転手さんに「私、日本人でビザ取得しなきゃならないから最初に降ろしてね」とお願いしたら「ビザ取得に時間がかかっても待てないから今すぐ降りて走れ!」と。 そこからは怒濤の流れだったので、肝心の写真が無くて申し訳ないのですが、以下覚えている限りの流れです。同じ様なルートの方の少しでも参考になれば、、、。 10:00ちょっと前くらい 車のチェックポイントの横を走り抜け、向かって右手にあるグアテマラ側国境で並ばずにインフォメーションのおじさんにスペ語で話しかける。 おじさん「トイレか?」私「違う!イミグレ!」おじさん「右側の窓口だよ」 窓口には並んでいる人は居らず、パスポートだけをポンと出したら、確か、メキシコに行くか?とか聞かれたと思います。(ベリーズを通ってそのままメキシコにも行けるので。)それと出国税の20ケツァールを払い、「次は?」と聞いたら1ブロック先の建物だよ!と。 それだけで出国完了。スタンプも押してもらっています。 またまたダッシュで1分走ったら、また車のチェックみたいな止められるバーがあるので(高速道路の料金所みたいな感じ)その横を走り抜けてベリーズ側のイミグレへ。 向かって右側が入国、左側は出国の様なので、右側の入り口に入ったら、誰も並んでいない!よし! やはり入った所にあるインフォメーション(と思いきやベリーズの船会社の窓口)のおじさんに「日本人です。ビザを取りたいの」と英語で話しかける。 おじさんは「写真は持っているか?」と聞いて私が持っていると答えたら紙を2枚出して、「これを全部書くんだよ。ここは全部ノーで答えたら良いからね」と親切に教えてくれました。 しかしビザ申請用の紙はまともでしたが、入国申請だか税関申請の紙は印刷で文字がつぶれて読めない!! 地球の歩き方の後ろの方に記載してある各国の入国書類の書き方を見ながら(実物とちょっと違う)分かる範囲で書きなぐりました。 この時点で同じバスの観光客達が、ベリーズ側イミグレに到着。審査待ちの列が出来始めていました。 インフォメーションのおじさんに「書いたよ!」と言うと、チェックする事無く、「こっちに来て」、と入国の列をパスして奥にあるなにやらドアの向こうへ。 さらにその中のドアを入った所がどうやらビザ発行のオフィスの様で、グアテマラ人かな?一人男性が心細げに立ってビザが降りるのを待っていました。 中にいる係官のみなさんにインフォメーションのおじさんは「日本人の女性で観光バスだから先に手続きしてあげて」と言い残して去って行きました。 そこから5分ほど・・・。放置されている間に、白人系の体格の良い係官の女性(以下リンダと仮名)が「外で待ちなさい!」と。そうしている間に数名のビザ申請者が続々と列を作りました。 聞けばベリーズ出身者みたいですが、観光ではなかったようで手続きが必要みたいです。 この時点で時計を見たら10:17分。まだ大丈夫かな、、、。 そこに一人のチャラ男係官登場!早く手続きして!と訴えたいのに「私は早く行かないと専用のバスが行ってしまう」すら焦って上手く英語で言えず、「君の問題が分からない」とか言われスルー。申請の紙も受け取ってもらえず。 それからまたしばらくして、リンダが出てきて並んでいる人達に順番に書類を受け取り始めた!が、私の後に来たベリーズ出身家族の方を先に受け取りました。 「私が先!」をこれまた言えずに、「バスが行くの!待ってる!早くして!」とひたすらお願いして彼女がうっせーな、みたいな感じで私の書類をやっと受け取ってくれてオフィスに消えて行きました。 リンダが引っ込んでしばらく後、さっきのチャラ男が通ったので「お願い!」と言うと、「君のバスは行ってしまったよ」とな。。。がびーん。。。 半泣きで次の交通手段や、やっぱりフローレスから国境までだけのチケット売ってくれれば良かったのに、などなど考えていたらリンダに外のベンチで待ってろと言われる。 外のベンチは2つあり、どっちかわからずとりあえずリンダが居る入国審査の窓口の向こうを見やすい場所に立っていたら、入国審査の窓口のカメラに写り込んでいたらしく(笑)、審査のお兄さんにちょっと避けろと言われました。。。 そこになんと私のバスの運転手さん登場!まだ待っててくれたのね!! 最初に中に通してくれたインフォメーション(実はただの船会社の人)のおじさんと話をして、インフォメーションおじさんがリンダの所に早くして、を言いに行ってくれました! インフォおじさん「あと5分で出来るよ」 私「ありがとう!!運転手さん、お願い!あと少し待って!!」 運転手さん「うん、あと少しっぽいから待つよ、心配するな」 インフォおじさん「ベリーズからキーカーカーに行くの?特別割り引きチケットをあげるからね」 ・・・もう絶対おじさんところの船に乗るよ! そこから10分以上にも感じましたが。 もう一度インフォおじさんがリンダを急かしに行ってくれてようやっとビザが出てきました! でも今度はこれを持って入国審査の列に並ばんといけんのか。。。と思いきや、インフォおじさんの計らいでその長蛇の列をすっ飛ばして審査してくれました! ベリーズビザの金額は滞在目的と日数で違いますが、私の場合のシングルなんちゃらという少ない日数で1度だけの入国が出来る安いタイプは50アメリカドル。高い(泣) 前回のアメリカの時から持っていた虎の子の100ドル札をインフォおじさんに渡したら、100ベリーズドルを返してくれました。なるほど。 写真はリンダに渡した2枚(就職活動用に念のため持っていた大きいけど斜め写りのものとサイズは小さいけど正面写り)の内、大きい方が使われたみたいで(斜め写りもありなのか。。。)余った一枚も返してくれました。 リンダと入国審査のお兄さんともちろんインフォおじさんにたくさんありがとうを言って、入国審査の建物を後にしました。 ここでリンダが「いいってことよ」みたいに言うのは何か違う、と思いながらも、まぁよし。入国出来ましたので。他に税関らしきところも運転手さんと一緒にスルー。 荷物検査とかいっさい無かったけど、いいんだー・・・。すごいな。 車の検査を抜けた先に停まっていたバスに着くと、他の乗客たちはみんな暑い中、待っててくれて私の登場に「やっと来た」みたいな反応でした(笑) ん?少し乗客が増えている様な。。。どうやらローカルバスに乗る予定だった人を上手く客引きした模様です(笑) 10:50AM 無事にバスはベリーズシティへ向けて出発しました。 [4回]
グアテマラの生活いろいろ 2014/11/05 イベント:死者の日などなど 何故だかここではめがねっ娘の時の方がモテるニイナです。 やっぱりいつものごとくオジサマ限定ですが(笑) ちなみに、日本でモテない女性が海外行ったらモテると勘違いしていると思われがちですが、多分多くの人は勘違いはしてません。 私の場合は普段から(中国とアメリカ以外の)海外で声をかけられますが、マスコット的扱いの時とナンパの違いくらいわかります。 そのナンパも別に「私、モテてるのね」とは思ってません。 日本人女性は押しに弱い(割に扱いが面倒くさい)と思われがちな現実があるだけです。 ったくもぅ。。。 話がズレました。そうそう、先週末は死者の日でした。 毎年グアテマラでは11月1日、メキシコは11月2日に死者の日というお祭りがあります。 その前夜にあの世から死者が帰って来て、それをお祝いする、といった趣旨です。 ここだけ聞くと日本のお盆のようですが、もっとお祭りめいてます。 メキシコでは色とりどりの骸骨モチーフのグッズが町中に飾られているみたいです。 私はステイ先のファイミリーのお墓参りに同行しました。 家から歩いて30分の巨大墓地に普通車のタクシーに子ども含めて8人乗りで(笑)向かいました。 墓地の周りには沢山の出店やお花売りが出動していて、とても賑やかです。 あ、ちなみに人ごみの中の巨人は新たなルームメイトです。人ごみの中で良い目印になってくれます。 こっちは死もポジティブなものなんだな、と感じるいろんなデザインのお墓たち。 1建物に1ファミリーです。 変なものが写ってたらすみません。。。 これはまだ入居前?のお墓。 こちらは火葬はお値段が高いらしく、亡くなったらそのまま入れてコンクリで入り口を固めて終わり。全部埋まって何年も経ったようなお墓は燃やして(燃えるのか?)つぶして新たなお墓が建てられるそうです。ちなみにレンタルが多いそうです。 グアテマラでは昔ながらの伝統では死者の日はお墓に行って、花を飾ってあの世から帰って来ている霊と一緒に酒盛りしたり、子ども達が凧揚げをするそうです。 日本で大々的に精霊流しをする町があるように、他の街では直径2mくらいの大凧をあげることで知られている街などもありますが、ケツァルテナンゴではそういったのは見られませんが、近所の出店で沢山凧を売っていました。 また、死者の日に決まったご飯を食べる慣習があり、お母さんやおばあちゃんが大量のサラダを数日前から準備します。当日にお店で出来合いのものを買う事も出来ます。 ステイ先の我が家もこんな感じ。 中は紫キャベツから出た赤紫色に染まった沢山の種類の生野菜がたっぷりです。 その日は特に何をしたーって感じではなかったのですが、前日のハロウィンの方が盛り上がりました。 ハロウィンと死者の日は全く別物です。 グアテマラも元々はハロウィンの慣習は無かったそうで、ここ数年ディスコなどを中心に仮装コンテストなどのイベントが催されるようになったそうです。 私が通う学校でも毎週金曜の夕食会に仮装で参加・・・のつもりが、生徒が居なくて中止になりました。欧米諸国からの生徒達の多くが、他の街のお祭りを見に行ったりして人数が集まらなかったのです。。。 中止決定は当日昼前。前日から張り切って仮装の衣装をレンタルしていた私はどないせぇっちゅーねん!と思い、ルームメイト達と街へ繰り出しました。 これは肝心の当日に写真を撮ってなかったので、家で試着した時のものですが。。。 スーペルチニータ!(スーパー中国人!)と声をかけられればノー!と返し、一緒に写真を撮ってと言われれば笑顔で応え、人生初の仮装しての賑やかなハロウィンに、来年からも仮装はしようかな、、、と思った夜なのでした。 [2回]
グアテマラの語学学校 2014/10/29 アクテビティで飛び出せ、学校。 言ってる割に学校のアクテビティにあんまり参加してる訳ではないニイナです。 毎週、金曜日に行われる夕食会には必ず参加しています。 アクテビティスタッフがご飯をつくってくれていて、一斉に開始でもなければ乾杯がある訳でもないんですけど、唯一の飲酒の機会なので。 (大酒吞みみたいに聞こえますが、週一の350ml缶のビールくらい飲みたいです!) 普段と変わらず周囲と話せてないシャイガールな私ですが、先週はもらったワインでちょっと陽気になり、周りと頑張って話してきました。 ちゃっかり週末商売の宣伝もしたりして。 お酒の力に頼らないと話も出来ないって、どうなんだろう。。。(アル中に厳しい欧米人からは既にちょっとおかしな子と思われているだろうなぁ) あ!以前、どうなるかと心配しつつ終わっていた、生徒が各自作ったご飯を持って行かなきゃならない回の夕食会は、無事に終わりました。 学校の近所にある中華料理店で「WAFU YAKISOBA TOHU」と書かれたメニューの思いっきり中華料理をテイクアウトで作ってもらって、持参しました。 みんな見事に手作りご飯(郷土料理という訳でもないんですけどね)の中、私の名前を気に入っている例のアクテビティスタッフ(以下アク男に省略)が「ニイナがご飯買って来たよー!!!」と声高に触れ回ってくれましたよ。。。 今週もハロウィンということで、変装してご飯を作って行かねばなりません。 そしてまた今週も金曜日夕方に就活の面接が入っています。 は〜、ちゃっと出来るご飯と変装、なんかないかな? 他に先週はけっこうアクテビティに参加していまして。 月曜はアクテビティと言うより、独立記念日で学校は休みだけど、みんなでグアテマラの独立に関するビデオを見て山にハイキングに行こう!の回に参加しました。 ビデオは何言っているのかさっぱり不明でしたが、なんとなくグアテマラに限らず中米各国の近代史はアメリカの利権が絡んでいて悲しい歴史、という事だけは分かりました。(ざっくりすぎる) ハイキングは学校から1時間くらいの小山でしたが、私一人息切れしてついて行けないぃ〜! 年齢、いえ、勉強以外は食っちゃ寝になりがちなここ1ヶ月の生活が祟ったんです。。。 アク男がいつも大声で言うニイナ!コールに答える事も出来ず、ゼーハー言いながら登りました。 山頂では街を一望出来ました。意外と大きな街でした。。。 山の上では用意されていたサンドイッチのご飯を食べて、帰りは学校スタッフの自家用ピックアップトラックの荷台に乗って帰りました。 他の平日に近所の村にある天然温泉プールも行きました。 近所の村と言っても、バスが停まる村からは6キロほど離れており、旅行者が行くにはツアーなどでしか行けない所です。 久々の熱いお湯が嬉しく、やはり他に参加した生徒ともそんなに喋る事も無く、約1時間半ただひたすらお湯に浸かっていました。 土曜の夜にはサッカーの試合観戦に行きました。 プロリーグの地元チームのホームゲームです。負けました。。。 チケットは会場外で買えて、一人30ケツァール(450円弱)。 私の地元の近所にある本城陸上競技場(J2レベルの試合が行われます)からすると、ずいぶん小さく感じますが、スタンドはほぼ満員です。 プラスチックの個別の椅子等は無く、段々になっているコンクリートの観戦席に座ります。 大きな市場の近所にあり、すぐ横が普通の民家だったりするところがなんとも地元に密着している感じがして良いですね。 夜の8:10キックオフと聞いたのですが、7時くらいからたまに花火(キレイなのではなく音目的)が上がって、街の雰囲気を盛り上げていました。 因みにそれとは関係なく、街では毎日朝から花火や爆竹の音がして、小心者の私はその度にけっこうビックリします。(最初は銃声??と思っていた) 家出も興奮すると道で爆竹、毎週のようにある広場のお祭りでも花火、、、それでうるさがっていたら身が持ちません。これがラテンアメリカ、ですね。 さて、サッカーは負けたのですが、サポーター他周囲を見ているのは面白かったです。 ヨーロッパ等でもサッカー観戦はスタジアムが興奮状態の渦になるので危険、、、と聞くのですが、そこまで危険は感じなかったし、サポーターも点が入って盛り上がった時に上半身を脱ぎだす輩がちょろっと居る程度です。 そして応援団長みたいなのもどこにでも居る。。。 いろんな汚い言葉を覚えられる、と学校の先生が仰っていましたが、野次もかわいいもんです。 よく聞こえたのが「basura!」(ごみ!)とかです。 が、サイドに警察が固まって50人くらい待機していたので、サポーターが盛り上がって手が付けられなくなる試合も時々はあるのでしょうね、、、。 日本の野球場のようにスタンドでアルコールは売っていませんが、チェーン店系ピザ屋さんが一切れ10ケツ(150円弱)で売り回っています。 他には市場と同じく手作りタコスや、カレー鍋で手作りポンチ(温かいフルーツジュース)を売って回っていたりしてなんだか和みます(笑) 他に応援グッズ(なつかしのブブセラは本当に威力がありますね)やピーナッツ売りなどなど。 そして夜のサッカー観戦は寒い。。。防寒対策必須です。 そんなこんなで先週はアクティブにアクティビティに参加しました。 今週からは日本語を教える生徒が出来たり、週末も死者の日で盛り上がりそうだから商売繁盛しそうですしね、なかなか参加が難しいかもしれません。 が、ハロウィンの扮装と持ち寄りご飯、、、やっぱり日本人の意地にかけて頑張ります。。。 [4回]
グアテマラの生活いろいろ 2014/10/24 ケツァルテナンゴは今日も雨だった。 前回からずっと就活関連で浮き足立っているニイナです。 自分の中でずっとやりたかったことの(場所の)優先順位がひらめいたのに、調べれば調べるほどアメリカはビザ的に難しそうですね。。。 そもそも一周回らず(?!)やりたいことを早くやるなら、「やれる場所」なラテンアメリカで土地開発系なり商業施設運営なり教育業界なり、未経験ながらも飛び込めて経験が積める仕事を探した方が良いのか?? 早くきっかけまでたどり着かないと、おばあちゃんになってから運営始めるのはきつい!とも。。。 よく考えたら、前職に就く際の就活で受けた教育業界の某「く◯ん教育界」の本社最終面接では回らず同じ様な事言っていました。 「ラテンアメリカ部に配属を希望します。現地で教室を広めて、く◯ん式の教育でその場所の教育レベルを上げ、世界に通用する人材を育てることに貢献したいです」と。 あ、く◯んの先生になる事を目指していたのではなくて、教室を増やす側(本部運営)の総合職希望で受けたんですよ。(最終で結局落ちたので、♪く◯んいってないもん♪) で、話を現在に戻して。メキシコにある企業の面接を受けたんですよ、一つ。 上記に述べた業界ではないのですが、仕事内容が私の得意とする発信型事務職(いろいろ改良したくてついいろいろ企画してしまう)だったので、お話をいただいた時にはおもしろそう!と。 何事もご縁であり、チャンスですからね。 まだ選考途中なので、企業の説明は省略しますが(お勤めする事になれば報告します)、それを受けたのが学校近くのカフェでした。 夜19時(メキシコの会社がある所の時間で20時)からだったんですけどね、私のネカフェとも言える学校が開いてないんですよ。。。 Skype面接なのに!!! まぁ、どっちにしてもここんとこ、学校の午後のスタッフがどんなネット設定いじくったのか知りませんが午後はネットがぶちぶち切れるので、外国人が多数入り浸っているカフェを放浪しています。 最初にカフェなんでうるさくてすみません的な事をお伝えしたのですが、やはりうるさかったらしく「ずいぶん賑やかですね」と言われてしまいました。 終わって気付いたらピアノと歌の生ライブやってたもん・・・。 そんな状況なので、今一番怖いのは停電です。 ネットが使えなくなるという事は先方との連絡も出来なくなります。 先日初めての停電を経験しました。 街の中心の一部を除いて一帯が真っ暗なので、iPhoneのライト機能を頼りに家まで真っ暗な中を帰りました。 真っ暗で色気の無い写真ですみません。。。 充電が心配なのでやはりこの地には懐中電灯必須です。(家に置き忘れてました) 家に帰っても真っ暗なので、みんながいてロウソクがついているリビングに集まっていました。 でもその時期はルームメイトが私とオーストラリア人のイケメンの二人しか居なくて、リビングの人数も少なく寂しい。。。 聞けば、このしょっちゅうの停電は大雨とか雷が原因だそうです。 ・・・毎日雨なんでね。いつ停電してもおかしくないという事ですね。。。 (停電がなくても夕方18時には暗いので、ガタガタ道の電灯が無い所は私はライト必要です。) ここに来た最初のうちは、雨期と言っても午後にちょろっと小雨が断続的に降って、、、という感じでしたが、ここ数日は午前からけっこうな雨量で降る事が多く、時間も長いです。 おちおち洗濯物も干せやしないし、週末の商売はなかなか安定して開店出来ません(周りのヒッピーや露天商達もウンザリ顔でお店を畳みます。。。) 街の通りも水はけが悪く、水をはねる車との戦いを繰り広げながら家路につきます。 面接した先の方も仰ってましたが、今年は異常気象らしく、中米の似た様な高地はどこも雨期が長引くか雨量が多い見通しです。 関係ないけど、オージーは裸足とかぺたんこサンダル好きですよねー。 雨の時には良いなぁ〜と思う。(雨はガードより濡れろ派) 先日、学校のアクテビティで近隣の村の天然温泉プールに行きましたが、その時も大雨。 ここは山間なので特に、いつも雲がかかっているそうな。 濡れてるから構いませんが、この高地で雨が降ったら気温は下がるだけなので寒い。 そもそもここは雨期と乾期しかなくて、11月からは雨は無くただひたすら寒いとの事。 た、耐えられるのかしら。。。 [1回]